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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10991号 判決 1968年11月20日

原告 育良機器工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 原則雄

同 森川静雄

同 馬場敏郎

被告 横田洋

右訴訟代理人弁護士 上山義昭

主文

一、訴外永井康一郎が被告との間に別紙目録記載の土地建物について昭和三九年一一月一二日締結した抵当権設定契約、代物弁済予約契約及び賃借権設定契約はこれを取消す。

二、被告は原告に対し、右土地建物につきなした東京法務局調布出張所昭和三九年一一月一七日受付第二五六五五号所有権移転請求権保全の仮登記及び同出張所同年同月二五日受付第二六二八七号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告

(一)  主文同旨

二、被告

(一)  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は、訴外永井康一郎が原告会社の取締役在任中その地位を利用してなした不正行為により次の損害を受け、同人に対し同額の損害賠償債権を取得した。

(一)  昭和三九年三月一日から同年一一月一〇日までの間、株式会社三越本店から同社設定のクレジットを利用し、総額金四九万六、六八〇円にのぼる物品を自己の用途に供する目的のもとに買入し、自己及びその家族等の使用に供し、その代金はすべて原告会社から支出させた。

(二)  昭和三九年八月一一日訴外商工中金川崎支店において、原告振出の小切手金六〇万円を原告の裏書をして現金化しこれを自己の用に費消した。

(三)  昭和三八年一二月一六日訴外湯浅金物株式会社から、ダイキンフアンコイルFWH六〇型一台金八万三、〇〇〇円同四〇型一台金三七万五、〇〇〇円を原告名義で買入れ、自己の用に供した。

(四)  昭和三九年六月頃訴外東京日産自動車株式会社青山支店から原告が買入れたダットサンブルーバード(五め―八九八九号)乗用車一台を他に売却し、その代金一五万円を原告に納入しないで自己の用に費消した。

(五)  昭和三六年一月頃から昭和三九年一〇月末日までの間に、訴外トキワ精機株式会社からリベートを受けて、EC三一〇型ラジオ部品合計八、九〇五台を一台当り金九五円の不当価格を附して買受け、原告に合計金八七万五、九七五円の損害をかけた。

(六)  昭和三九年四月二三日頃、訴外大畑工業株式会社に対し、原告会社振出の約束手形をもって金一、二五〇万円を融資しその際右大畑工業株式会社から金二四〇万円を勝手に受領してこれを着服横領した。

(七)  昭和三八年八月二六日及び同月三〇日の二回にわたり、訴外飯野ゴム工業株式会社に各金五〇〇万円合計金一、〇〇〇万円の原告会社振出の約束手形二通の割引を依頼し、同年九月一日右会社から金七〇〇万円を受領しながら原告会社に入金しないで着服横領した。

二、原告は、右債権のほか、訴外永井に対し、昭和三九年一一月一日までに仮払金として合計金五二三万四、四四四円、貸付金一四一万五、六八八円の債権を有し、前項の債権と合せて合計金一八六一万七八七円となった。その後訴外永井から金四〇〇万の一部弁済を受けたので、その額は金一、四六一万七八七円になった。

三、訴外永井は、昭和三九年一一月一二日被告に対し、本件土地建物について、貸金三〇〇万円の担保として抵当権設定契約、代物弁済予約契約及び賃借権設定契約をなした。

被告は、同月二三日頃到達の内容証明郵便をもって、右代物弁済予約完結の意思表示をなすとともに、請求の趣旨記載の各登記を了した。

四、訴外永井は、当時本件土地、建物が唯一の資産であって、これを他に処分すれば訴外永井の債権者において、債権の完全な満足を受けられなくなることを知っていたものである。

五、よって原告は、請求の趣旨記載のとおり訴外永井と被告間の右代物弁済予約等の契約を取消すとともに、その抹消登記手続を求めるものである。

第三、請求原因に対する被告の答弁ならびに抗弁

一、答弁

請求原因一、二の事実中原告が訴外永井に対して債権を有していたことは認めるが、その内容、金額は不知、同三の事実は認める。

同四の事実は不知。

二、抗弁<省略>

理由

一、請求原因三の事実は当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、原告は訴外永井に対し、昭和三九年一一月一二日当時原告の請求原因一及び二の内訳どおり合計金一八六一万七八七円の債権を有していたこと、その当時訴外永井は右債務のほか被告に対し金三〇〇万円の貸金債務を負担していたが、同人の資産は当時本件土地、建物(当時の時価合計約金一、四〇〇万円)しかなく、これを被告に処分すれば他の債権者の満足を得らないことを知りながら被告の貸金債務の担保として提供したことが認められ、その後原告は訴外永井から金四〇〇万円の弁済を受けたことは原告の自認するところである。

二、被告は、請求原因一の(六)、(七)の債権及び二の仮払金及び貸金債権の合計金一、六〇六万一三二円の債権は、原告において原告の債権者集団に譲渡したと主張しこれにそう乙第五号証及び証人永井康一郎の証言があるけれども、原告代表者伊藤利次本人尋問の結果に対比して採用できず、かえって右原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、原告の債権者集団からの要求によって、原告の訴外永井に対する債権の取立権を債権者集団に付与したところ、債権者集団の代理人浦田和雄は、その取立のため甲第五号証(公正証書)を作成したことが認められるので、被告の主張は理由がない。

三、被告は、原告と訴外永井間の裁判上の和解により確認された以外の原告の訴外永井に対する債権は一切消滅し、取消権をも放棄したと主張する。

(一)  なるほど<証拠>によれば、原告は、昭和四一年一〇月一三日訴外永井に対し、原告の本訴請求原因一の(一)ないし(五)の事実に基く合計金二五五万六五五円の損害賠償請求の訴(当庁昭和四一年(ワ)第九八四八号)を提起し、昭和四三年四月一五日左記内容(要旨)の裁判上の和解が成立したことが認められる。

(イ)  訴外永井は原告に対し合計金二五五万六五五円の債務があることを確認し、内金五〇万円は当日原告代理人に支払を了し、残金は昭和四三年四月から昭和五四年七月までの間毎月金一万五、〇〇〇円(最終回は金一万六五五円)を支払う。

(ロ)  原告は被告に対して、本和解条項に掲げた以外には何等の請求権のないことを確認した。

(二)  しかし右和解条項の内容、事件の訴訟物ならびに原告代表者伊藤利次本人尋問の結果によって認められる右和解までの経緯(原告が訴外永井の不正行為に気付いて調査したところ昭和三九年一二月二日当時原告の請求原因一の(六)、(七)の債権及び同二の仮払金及び貸金債権の合計金一、六〇六万一三二円が判明したので、これを訴外永井に確かめたところ、その債権以外はないというので、この分については告訴しないが、若し他にあったときは告訴するとのことでこれが債務確認書(甲第一号証)を作成した。しかしその後更に請求原因一の(一)ないし(五)の事実が判明したのでこれを告訴したところ、和解して告訴を取下げるよう勧告された。そこで原告と訴外永井は、右告訴の対象事実についてのみ和解して告訴を取下げることとして右裁判上の和解をなした。)を併せ考えると、右裁判上の和解において他に債権のないことを確認した条項は、同時に請求した利息債権等に関する規定であって、訴訟物以外の債権に関してまで合意したものとは認められない。又右和解から、直ちに原告が債権者取消権を放棄したものとみることもできない。

四、被告は、訴外永井は現在十分資力を回復したので債権者取消権は消滅したというけれども、これを認めるに足る適確な証拠はない。

従って、訴外永井が本件土地建物につき、被告に対してなした抵当権設定、代物弁済予約ならびに賃借権設定契約は債権者を害するものというべく、これが取消を求める原告の請求は理由がある。そして右契約が取消された以上、これを原因としてなされた被告の所有権移転請求権保全の仮登記及びこれに基く本登記も又効力を有しないものであるから、被告は原告に対し右各登記を抹消する義務がある。

五、よって原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。<以下省略>。

(裁判官 菅原敏彦)

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